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文房具と消しゴム

 小学生の頃は、学校の近くには大抵文房具店があったような気がするが、近頃はめっきり見かけない。駄菓子屋や制服屋がデパートに飲み込まれていったように、独立した文房具専門店なんてものはすでに古いのかもしれない。

 祖父祖母は外出が好きで、週末にはデパートやレストランに、よく連れて行ってもらっていた。そんなとき必ず立ち寄るのが、文房具コーナーだった。ショーウィンドーに並ぶ艶やかな万年筆や、無骨な製図用のペンが好きで、店員さんが苦笑いを浮かべるほど、いつも見入っていた。
 万年筆は欲しかったが、ペンを持ちながら軸を回転させる癖のある僕には扱いづらい。それに大抵は、当時の僕からしたら目玉が飛び出るほどの値段だったから、子供ながらに手が届かないものだと諦めていた。しかし製図用のペンであれば、安いものは数百円からあるため、しばしば祖父に買ってもらっていた。

 当時持っていたペンは大抵無くしてしまったが、パイロットの三千円のシャープペンシルだけは今も愛用している。今だって、三千円もするシャープペンシルを易々とは買えない。今の価値観では決して測れないほど、当時の僕にとって、それはとてつもない金額だった。どうしてそれほど惹きつけられたのかは分からないが、金属製のグリップと黒檀のような重厚なボディは、今も握っているだけで嬉しくなる。

 昔、練り消しゴムが流行った時があった。一過性のものなのか、うちの学校だけなのかは分からないが、例にもれず僕も練り消しが欲しくてたまらなかった。
 そもそも練り消しゴムとは、黒鉛のデッサンなどでグラデーションを出すための専門用具である。しかし当時、日用品店はおろかスーパーの文具コーナーにさえ、様々な種類の練り消しゴムが並んでいた。派手な色がついていたり、伸縮性を謳っていたり、匂いがついていたり、筆記用具と言うよりは玩具のような扱いだった。外国人観光客に人気らしい、おもちゃ消しゴムのようなものだ。
 学校では男子を中心に、休憩時間毎に練り消しが飛び交うようになった。色を組み合わせてマーブル模様を作ってみたり、いくつもこね合わせて粘土のようにしたり、ただの消しゴムなのだから遊ぶと言ってもその程度だが、あるようでなかった質感に多くの児童が惹かれていた。
 考えて見ればスライムだってそうだ。ゲームキャラクターとして根付いたことも流行の原因かもしれないが、ヌルヌルどろどろした物体だから何ができるという訳でもない。それなのに、今でも玩具の定番商品であり、見かけない玩具店の方が少ないくらいだ。

 とにかく僕は、練り消しを持つ友人が羨ましかった。両親にねだっても、そんな物はすぐ汚くなって不潔だから、という理由で買ってもらえなかったからだ。拳ほどの大きさに固めて投げ合ったり、糸を引くように伸ばしたり、そんな遊びを見るたび真似したくなった。
 どこかに落ちてはいないかと目を皿のようにして床を探したり、まとまるくんの消しかすを集めてみたり、勉強そっちのけでそんなことに必死になっていた。そうしてできあがった小指の先ほどのお手製練り消しは、単なる薄黒い塊でしかなかったが、この上ない達成感と共に長いこと筆箱の隅に置いていた。

 今は家でも職場でもボールペンを使うため、消しゴムを利用することはほとんどなくなった。文房具店で筆記用具を眺めるのは今でも好きだが、色とりどりの練り消しなどはほとんど見なくなった。そういった専門店より、おもちゃ売り場を併設したようなデパートなどに置いてあるのかもしれないが、それほど売れもしないのだろう。スマートフォンにテレビゲームに、いくらでも遊びの選択肢がある現在では、こうした単純な触覚体験は、幼稚園の粘土遊びで多くの者が卒業してしまうのかもしれない。

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