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宇宙人はやっぱりいる

 秋葉原や中野を歩いていると、まるで銀河系外から来たような、浮世離れしたファッションの人々を時折見かける。一体どこでそんな服を買っているのだろう、と疑問に思うと同時に、無難に固めた自分の服装はなんてつまらないのだろう、と落ち込みそうになる。
 学生の頃は個性的な外見を目指して、古着屋さんでへんてこな服を買ってみたりもしたが、今はそんな遊び心はすっかり枯れてしまい、クレジットカードの請求額とにらめっこしながら、無難な商品を選ぶばかりだ。
 かといって、じゃあどんな服装をしたいの? と訊かれても即答はできない。ロックらしいファッションには憧れるが、鋲とかトゲトゲのリストバンドとか、バンドロゴワッペンを貼り付けまくったような派手な服装は苦手だし、うーんやっぱりユニクロでいいか。となってしまうのである。
 しかしだからと言って、別に妥協して仕方なく選んでいる、と言う訳ではない。ユニクロのスキニーフィットは最近のお気に入りで、色違いを3着持っているし、靴下やパンツのラインナップも豊富でいつも助かっている。
 高校時代の友人におしゃれ意識の高い者がいて、ファッション雑誌をいくつも定期購読しているとか、髪を切りに電車で1時間半もかけるとか、そんな話を耳にしてはお金がかかるものだなぁ、と自分には無縁だとばかり思っていた。しかしその友人が好んで穿いていたのがスキニーパンツであり、10年を経た今ようやく追いつてしまった、と思うとなんだか複雑である。
 そんな彼が今はどんな服装に凝っているのかは分からないが、たとえ銀河系外から来たようなファッションに身を包んでいたとしても、それを宇宙人と比喩したい訳ではない。科学とオカルトの狭間に揺れる、地球外生命体の話である。

 宇宙にロマンを抱いていた幼少時代、宇宙人は絶対いるし、もう地球に来ているし、さらわれて人体実験されても記憶を消されるから気がつかない、と本気で信じていた。堅そうな文庫レーベルからも普通にそんな本が出ていたし、今では考えられないくらいオカルトが流行っていて、僕は誰よりもどっぷりとその沼に浸かっていたのだ。
 しかし今でも宇宙人がいるかいないかと訊かれたら、地球環境がどれほど奇跡的な偶然の上に成り立っていようと、宇宙は相当広いみたいだし、いても不思議ではないでしょ。くらいには思っている。
 こういう話が出るとよく、生命が存在できる環境はものすごい珍しくて、いかに宇宙が広いと言えど地球くらいのものだ。という意見が出てくるが、僕はそれを聞くたびに疑問を抱いてしまう。
 何も地球環境に限定して考えなくとも、水や酸素を必要としない生き物だっているかもしれないではないか。太陽フレアを避けながら、黒点をめぐる渡り鳥がいたっていいし、水分とは別の理屈で伸縮性を持つヘビや、気体中を泳ぐ魚がいたって素敵だ。
 なんの知識もない僕が言ったところで鼻で笑われてしまうかもしれないが、科学においてもこうした考え方は確かにあるそうだ。

 テレビではすっかり宇宙人の特集なんてやらなくなってしまったが、オカルト系ニュースサイトでは今もジャンルの一つとして定着しているから、世紀末もマヤ予言も関係なく、常に一定のファンがいるのだろう。
 昔から変わらないなと思うのは、記録物の質がとにかく悪いことだ。スマートフォンタブレットの性能が上がり、ほとんどの人が日常的に持ち歩いているにも関わらず、UFOらしき飛行物体の映像やUMAの写真などは、ほとんどの場合時代を疑うほど画質が悪い。中にはモノクロだったり、小さな写真を無理やり拡大したような物もあり、荒々しく見せる方がかえって難しいのでは? と思うこともしばしばだ。

 作家の森達也さんが書籍において「オカルト現象は記録しようとすると、まるで何らかの意思が働いているかのように逃げられてしまう」様なことを言っていた。噂の心霊スポットに機材を抱えて行っても、その時に限って何も起こらなかったり、撮れた! と思っても今度は機材が故障して映像が残っていなかったり。こういった事が非常に多いそうなのだ。
 僕はこれを読んで友人の友人、という話を思い出した。
 例えば宇宙人の写真を友人が持っている、という噂話を聞きつけたとする。どうにか見てみたいと友人に話を聞くが、すでに彼は手放してしまっていて、現在所有しているのは彼の友人だと言う。そこで連絡を取ろうと試みるが、ずいぶん前に携帯電話が故障してしまったらしく、それ以来メールも番号も通じない。
 この話にはいくつかパターンがあって、友人の友人に連絡が取れたとしても、すでに別の人に渡っていたり、引越しの時に無くしてしまっていたり、結局どれも真相にたどり着くことはできないまま終わる。友人の友人とはつまりは全くの他人で、それを隠れ蓑にするかのようにオカルト現象に逃げられてしまう、という話だ。
 記録物の画質が軒並み悪いのもそういった理由のためだ。などと言うと子供じみた言い訳のように聞こえるかも知れないが、そのような理解を超える性質があるからこそ、時代の変化にも動じず神秘性を保ったまま残り続けている、と考えることだってできるのではないか。

 つまり真相の解明には自分が当事者になるしかないのだ。UFOを撮りたくてスマートフォンを持ち歩いている訳ではないが、超常現象に遭遇したらすぐさまカメラを起動する準備はできている。オカルトの性質ゆえに2年契約のアイフォンが故障しても困るから、遭遇したくないような気もするが、その時はその時、幼少期からの疑問と引き換えなら、スマホの1台や2台安いものだ。
 カラパイアをチェックしていたら、もうすっかりお昼前だ。空がすっかり晴れているから、散歩をしながら近場で宇宙人のいそうな場所でも探してみようと思う。

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