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やっぱり水が飲みたくなる

 毎朝通勤途中に水を買っているなんて、学生時代の自分が知ったら、なんて愚かなことにお金を使っているのだと頭を抱えるだろう。2リットルの天然水をレジにぼん、と置き、100円玉を取り出して「袋はいらないです」と言う。同じコンビニの同じ店員さんだが、こう言わないと必ず袋に入れられてしまうのだ。電車の中で喉がすでに乾いているから、待ちきれずに道ばたで飲むこともあったが、一度会社の先輩に見られてしまい「ワイルドだね」と言われてから控えるようになった。

 なるべく冷たい水は飲まないようにしている。喉は爽快だが体が冷えてしまう気がするのだ。とは言っても、早朝に白湯を飲むのがいいと聞き1週間ほど試してみたことがあったが、特になにも変わらなかったから、ぼくの鈍感な体には無意味なことかもしれないが。
 毎朝水を買うと言ったが、ほぼ毎日勤務中に2リットルを飲み干していると言うことである。もっとも季節によって消費量は大きく変わるから、寒くなってきた近ごろは3分の1くらい余って翌日に持ち越すこともしばしばだ。「今日はまだ会社に余りがあるから買わなくていいな」などと思うとちょっと特をした気分になる。

 高校生の頃、いつも髪型を必要以上にキメている友人が「美容師はカバンにミネラルウォーターを入れている人が多い」と言っていて、それを聞いたせいか「わざわざ水を買うなんてお洒落を気取っているみたいだ」という印象がぼくの中にはあった。
 でも今のぼくなら、なぜお金を出してまで水を買うのかがよく分かる。それは水が飲みたいというより、甘いものを飲みたくないという消極的な考えのためなのだ。自販機で砂糖や合成甘味料の入っていない飲み物を選ぶとすれば、お茶、ブラックコーヒー、水、以外にはちょっと思い浮かばない。夕方以降カフェインを摂ると睡眠に影響するから、必然的に水一択となってしまうのだ。
 健康にこだわる訳ではないけれど、清涼感にごまかされた砂糖の塊を飲んでいるのかと思うと、おいしいなんてとても思えない。糖尿病への恐怖心が、ぼくをミネラルウォーターへと導いているのだ。別に健康診断で指摘されたとか、お医者に何か言われたとか、そういう訳ではないのだけれど。

 自分が水を買うようになってからも「わざわざミネラルウォーターを買う人なんて、健康オタクか変人くらいなもんでしょ」と思い続けているが、思い返してみればテレビCMや街中の広告など、ミネラルウォーターに関する宣伝は思いの外多い。何万年の時を超えて山奥から湧きあがろうが、アルプスの渓谷から流れ出ようが、水は水なのだ。水道水と比べたって驚くほど味が変わる訳でも、身体に良いという訳でもない。
 それでもお金をかけて映像を作り、大抵の食料品店にはラインナップとして並んでいるのだから、やはり一定の人気はあるのだろう。最近では水の定期宅配や、ウォーターサーバーのレンタルサービスなども頻繁に見かけるから、ちょっとした偏見を抱いているぼくの方が、もしかしたら時代に遅れているのかもしれない。

 数年前、神奈川に住んでいた時は水道水がまずかった。だからもっぱら近所のスーパーで麦茶を買い込んでいたのだが、東京に住む今は特に気にもせず毎日ごくごく飲んでいる。ボトルに詰めて持ち歩こうとまでは思わないが、飲むのがおっくうになるほど不味いという訳でもない。引っ越した当初は、海が近かった神奈川よりも水がおいしいことに衝撃を受けたが、なんせ築50年の亀裂だらけのマンションだったから、設備上の問題だったのかもしれない。
 休日は大抵出かけるが、外を歩いているとすぐに喉が渇いてくるので、ミネラルウォーターを2、3回は買うことになる。1本当たり110円としても、それが毎回であれば結構な出費になる。かといって、水筒が入るほどぼくのカバンは大きくはなく、そもそもあれこれ物を身に着けて歩くのは苦手なので、お金と引き換えに身軽さを買っているのだと自分を納得させている。

 ところで、水を飲むときに息苦しさを感じる人はいないだろうか。ぼくは割と頻繁に、水を飲んでいると息が詰まるような錯覚に陥ることがあり、ちょっとした悩み事だったりする。「そりゃあ飲みながら息はできないのだから当たり前だろう」と思われるかもしれないが、水の底に沈んでいくような感覚は気味が悪く、そんな時はいつも踏ん張りながら喉を鳴らしている。
 幼い頃は異常なくらい水が怖く、プールの授業が憂鬱で仕方がなかった。もしかすると、過去のトラウマのような記憶が無意識に棲みついているのかもしれないが、コーヒーやお酒や牛乳など、味が付いている物なら全然平気なのだから、まったく奇妙なものである。

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