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おいしいグミをください

 歳をとるにつれ食事や飲み物の好みは変わっていくもので、昔はケーキなんか永遠に食べていたいくらい好きだったのに、今ではひと切れで充分といった感じである。嫌いになったとかお酒を飲むようになったとか、そういう訳ではないのだけれど、お腹二分目くらいで、気持ちの方がさっさと満腹になってしまうのだ。
 だから「健康のことを考えて甘いものをなるべく控えるようにしよう」と、決心し実行に移した時もそれほど苦ではなかったし、間食しなければお金の節約にもなるから、自分にとってよい変化だったと前向きにとらえている。
 しかしそれでも、幼少時から変わらず好きな甘いものがある。グミである。グミも種類が実に豊富で、最近では海外製のグミもコンビニやスーパーなどでよく見かけるようになった。
 
 ぼくはもっぱら明治の果汁グミばかり食べていた。小学生の頃はぜんそくで頻繁に病院に通っていたのだが、売店に行くたびにグミやヨーグレットをねだっていた。そういう意味で果汁グミ(特にグレープ味)はぼくにとって、他のなにより思い入れの強いお菓子なのだ。
 果汁グミにも様々な味がある。好きな順に並べると、グレープ•オレンジ•ピーチ•パイン•レモン、といった具合だ。商品サイトを見るとずらりとラインナップが並び「こんな味もあったのか」と驚くこともあるが、だいたいは口にしていると思う。
 記憶の限り、二十年近くは常時お店に並び続けている訳だから、全お菓子の中でもかなりのベストセラー商品だ。昔ほどたくさん食べたいとは思わなくなったけれど、それでも時折手が伸びてしまう。みずみずしい甘酸っぱさには、いつまで経っても飽きがこない。
 
 明治製品にかかわらず、グミも様々なアイディアを凝らした新製品が頻繁に出てくる。パウダーをまぶしたピュレグミは学生に人気が高く、硬い食感を兵糧に例えた(?)忍者めしなどはアイデアが面白い。
 フレーバーや食感、パッケージや栄養機能など、様々な売り出し方を見ていると、どれもこれも気になってしまうが、とても全部は食べきれない。優柔不断さもあって、売り場の前で迷い込んでしまうこともしばしばだ。
 近頃のトレンドなのか、内容量が多い製品を頻繁に見かけるようになった。グミといえば大抵は50g前後(今はもうちょっと少ないかも)だが、内容量が倍増し、値段も200円前後といった製品である。値段が倍となると子供は買いにくい。幼少時からグミを食べ親しんだ、大人を狙っているのだろうか。ぼくもカッチリそれに当てはまるが、大容量だからといってそそられることは少ない。先述したように、甘いものが多く食べられなくなってしまったからだ。
 
 輸入雑貨を扱うようなお店に行くと、海外のグミがずらりと並んでいたりする。ハリボーやトローリなど、有名メーカーのグミは値段が高めだが、日本のグミとは違う無骨な味付けが、また好きだったりする。
 しかしトラウマもある。一時期SNSで「激マズグミ」などと言われて流行った、ハリボーのシュネッケンという製品である。木の根っこの抽出物から作られているそうで、ヨーロッパのどこかでは有名な食べ物らしいが、自分には飲み込むことさえできなかった。友人に差し出したところ、平然と完食したのは一人だけだった。お店でもその辺りを逆手にとって、大々的に檄マズ商品として宣伝している店舗があり、その開き直り感には思わず笑ってしまったが、一角を埋め尽くすほど大量陳列されたシュネッケンが、無事売り切れたのかは分からない。
 日本製品ではどこのメーカーかは忘れてしまったが、コーヒーグミという珈琲味のグミが非常にまずかった。これは好みの問題かもしれないけれど、賞味期限の切れた饅頭を食べているようで、一袋を食べきるのにかなり苦労した。まずい食べ物の思い出とは、思いのほか鮮烈に残っているものである。
 一度だけ、小学校の給食でグミが出たことがあった。透明の袋に個包装され、平然とトレイに並ぶようすはなかなか奇妙だが、教室がざわめくほどには好評だった。
 
 しばらくグミを食べていなかったが、こうしてあれこれ書いていると、さっそく口寂
しくなってくる。通勤時には水を買うために必ずコンビニに寄るが、大抵は急ぎ足のためお菓子コーナーを覗く暇もない。
 そういえば、駅付近のアーケードに「おかしのまちおか」があった。いつも通りかかるだけだったから、今日はちょっと立ち寄ってみようか。でも今は甘いものを控えているし......。電車に揺られながら、もう少しだけ優柔不断に浸っていよう思う。
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