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車内広告は似たり寄ったり

 満員電車に揺られながら、周囲の人々にぶつかってしまわないよう直立不動の姿勢を保っていると、嫌が応にも車内広告が目に入る。モニターでは無音の広告動画が流れているが、テレビにもボタンひとつでCMのみをミュートできる機能が付けば、3Dや4Kなんかより売れるんじゃないかと思う。すでにあるのかもしれないけれど。
 車内広告は頻繁に入れ替わっている割に、似たり寄ったりのものが多い。健康食品、ビジネスや自己啓発本季節によっては女性向けと思われる脱毛とかエステとか。
 
 なかでも健康食品に関する広告は、嘘っぱちというか眉唾というか、とにかく要領を得ない曖昧なものが多い。「毎朝ため息が出てしまう……」「階段の上り下りが、膝に……」などというフレーズとともに、それらしい白衣を着た人物が商品を掲げている。どんな成分を含み、それにどんな効能があり、どんな症状に効果的だ、などという具体的な説明が一切ない。
 こんな空っぽの広告で売り上げが見込めるのかは分からないが、健康食品界隈にも流行り廃りがあるもので、とにかく目新しいものでブームを先取ろうと、どこも躍起になって健康オタクや年配者に弾丸を撃ちまくっているのだろう。
 本屋さんの生活のコーナーを眺めていると、健康法をテーマにした書籍をよく見かける。体を温めるとか、爪を揉むとか、水を飲むとか、首マッサージだとか、山ほど方法があるがどれも共通してるのは、この一つを行うだけで、誰でも体のあちこち全部良くなっちゃう、という万能さのアピールだ。
 電車内に関わらず、本棚に面置きでずらりと並んでいるのを見ると、楽して健康になりたいなんて怠けた発想をしているのが自分だけではないと、ちょっと安心してしまったりもする。
 健康法にも人それぞれ合う合わないがあると思うから、色々参考にして試してみるのは悪いことではない。でもだからと言って、何事も期待しすぎるのは毒にしかならない。
 少し前、どこかの若作りのお医者の、少食になって遺伝子を活性化させて若返る、みたいな本の広告を頻繁に見かけた。その時は特に気にもとめていなかったのだけれど、それから一週間くらいして、今度はどこかのクリニックの院長だかの、しっかり食べるのが健康にいい、みたいな本の広告に取って代わっていた。
 健康オタクたちが空腹にあえいでいるところに、食べて健康なんて本が出てきたら、そりゃあ誰もが飛びつきたくなるだろうし、そういう高度な戦略があったのかは知らないけれど、流行り廃りで言うことが180度変わってしまう程度のものとして、受け止めるくらいがちょうどいい気がする。
 
 ビジネス•自己啓発系もあおり文句だけを見れば似たようなものだけれど、そのようなジャンルの本を読んだことがないから、健康系と違って中身が全く想像つかない。残りの人生においてもたぶん読むことはないだろうから、特にこれ以上は何も言わないでおく。
 
 脱毛には少し興味があって何度か調べたことがあるが、思いの外費用が高額なことと、年単位で時間のかかることから、すっかり現実味が薄れてしまった。しかし広告には、うぶ毛ひとつない雪のような肌の女性ばかり載っているから、これまた嫌が応にも目がいってしまう。だって自分が調べた物よりあまりに安いんだもん。初回数百円とかでかでかと書いてあるのを見ると、絶対嘘だって叫びながら、広告を抜き取って部屋に飾ってしまいたくなる。
 単なるディアゴスティーニ戦法なのかもしれないが、それにしたってやっぱり安い。男女では毛質も違うだろうしその辺りに費用差が表れているのかもしれないが、やっぱりユーザー数が全然違うだろうから、その分競争も激しいと言うことなのだろう。
 とは言っても、女性にとっては有益な情報かもしれなしい、ぼくみたいな男性には眼の保養となるわけだから、双方に違った利益をもたらすと言う意味では、なかなか稀有な広告なのかもしれない。
 お金が余るほどあったら、毎朝の髭剃り時間を節約するべく脱毛サロンにでも通って、ついでに全身余すところなく無毛にしたらどんな感じか試してみたい気もするが、そんなことをしたら人に会うだけで罪悪感を覚えそうだから、やっぱり今はこのままでいいや。

 

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